ロバが背負う広く深い世界

ひとつの英単語から世界は広がる④

「Donkey」をめぐるお話の最終回です。

「ピカソはスペイン人だから、『ドン・キホーテ』には当然なじみがあってあの絵を描いたんだろうね」と言うと、少し美術に詳しい生徒さんは「スペイン人なの? フランス人じゃないの?」と質問をくれることがあります。ピカソはフランスで活動していた期間が長いのでフランス人というイメージがあるようです。そう言う生徒さんは当然、大作『ゲルニカ』を知っていますから、「ゲルニカって、ナチスに空爆されたスペインの町の名前だよ」と言うと、断片的だった知識がつながって深く納得してくれます。

 文系で世界史選択の生徒さんとは、ここでスペイン内戦の顛末を一緒に振り返ります。フランコの勝利、その死去に続く王政復古と民主化によって、『ゲルニカ』がアメリカはニューヨークのMOMAからスペインの美術館へと返還されたこともお伝えします。

「Donkey」と言うなんでもない英単語ひとつから、授業はこのようにして世界史にまで広がることがあります。そこまでくるともう英語の授業ではないと思われますか? 「Donkey = ロバ」とさっさと教えればいいのに、長々と脱線をして時間の無駄だと思われますか?

 私は単語の訳を教えて終わりとすることが英語の授業であるとは思いません。言葉は単なる記号ではなく、文化であり、それを使う人々の歴史や世界の見方が表れたものだからです。翻訳機のある現代でも依然として外国語を学ぶ価値に変わりがないのも、これが理由です。